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10年ごとの転機を楽しむ

岩瀬はるみさん

自宅カフェオーナー

 

岩瀬はるみさんは、PTA活動やケーキ教室の先生などを経験した後、交流の場が地域に必要だと考え、東京都世田谷の自宅を開放したカフェを開きました。多世代交流できる日「きままなスイーツカフェ」のほか、家族の介護をしている人の語らいの場として「ケアラーズカフェKIMAMA(きまま)」も開催しています。自宅カフェを開いてから13年目を迎え、ますます活動が広がる岩瀬さんにお話しをお聞きしました。

 
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 上京後、外資系の会社でのびのび働く

――岩瀬さんのご出身はどちらですか?

出身は静岡県の浜松市です。四年制大学への進学で東京に出てきて、原宿にある叔父の知人のアパートに下宿していました。途中から姉も転がり込んできて、姉妹でしばらく暮らしていました。原宿は、ファッションや文化の最先端のところ。それは、それは刺激的な毎日で、楽しい学生時代でしたよ。当時、女性は高校か短大をでて、お見合い結婚するのが普通でしたね。私は三兄弟の真ん中で、長女の姉に比べたら随分と自由だったのと、親に下宿させてもらったこともあって、学校が終わったら当然働くものと思っていました。親も働くことに反対はしなかったので、大学卒業後は、外資系の化粧品会社に就職しました。

――就職した会社では、どんなお仕事をされていたんですか?

事務はできない、タイプライターは打てないと劣等社員でした。学生時代からずっと英語が好きだったので上司に『翻訳がやりたい』と掛け合って、仕様書の翻訳の仕事を任されることに。それが認められて新商品の企画もしましたね。上司は男女問わずやる気のある人を取り上げてくれる人で、外資系という環境も大きかったと思います。女性社員も多く、当時から週休2日制で、とても働きやすかったです。

仕事は大好きでした。自分のやりたいことができて毎日が楽しくて、楽しくてしょうがなかったです。入社後、結婚して、夫との生活も満喫していました。ある時、私の人生に子どもがいないと寂しいと感じて、とっても迷いましたけど30歳の時に退社しました。当時は子どもを預ける場所も整備されていなくて、夫の育児協力は見込めないことも理由でした。3歳児神話もまかり通っていて、私もそれに囚われていましたね。あとで『仕事を辞めるんじゃなかった』と大きく後悔しましたけどね。

 
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それはおかしいって、仲間と声をあげた

―――その後の岩瀬さんは?

退職後、男の子と女の子を出産しました。夫の帰りは毎晩遅く、私一人で育児をまわしていました。仕事をずっとしていたでしょう?子育て中心の専業主婦の生活に物足りなさを感じていました。それではまったのが、子どもの『PTA活動』。小学校で6年間PTA役員をして、副会長にもなりました。当時会長職は地元の地主の方で、男性が代々行っていたんですが、それはおかしいって、仲間と声をあげて、次年度からは女性の会長がでることになりました。PTAの仲間にはとても恵まれて、今でも交流がある方が多いですよ。

―――ケーキづくりはどこで学ばれたんですか?

独学なんです。息子が幼稚園の時の誕生会にお友達がケーキを作ってきてくれて、それがあまりに美味しくて、彼女にケーキの基礎的なことを教えてもらった後は、片っ端からケーキのレシピ本を読み漁って、ケーキを作っては家族や友人に振舞っていました。ある時「ケーキ教室を開いてみよう」とひらめいて、家の隣の桜丘区民センターでケーキ教室を開きました。初回から満席で、口コミで生徒がどんどん増えていきました。区民センターの予約が取れない時があって、自宅で教室を開いたら、生徒さんから、『これからも自宅でやって欲しい』とリクエストされて、それから10年、自宅でケーキ教室を続けました。毎回レシピを変えて300種類は作ったわね。そんなある日、学生時代の友人に偶然会って『手染め服を扱っているお店をやっているんだけど、手伝って欲しい』と言われて、ケーキ教室をやりながら、その店のパートも始めました。

初めての接客業で、いろんなお客様の対応をした経験が、今思うとカフェの接客にもつながっています。二足のわらじを2年ほど続けた時が、ケーキ教室も10年経った頃で、自分の中で一通りはやったなと感じていました。ケーキ教室に来る生徒さん達は、レッスン後にみんなでお茶をする時間を毎回楽しみにされていました。ある時生徒さんが「駅に行くまでの坂の途中ある先生のご自宅が、峠の茶屋になるといいね」と話したんです。「そうか、自宅をお茶が飲めるサロンにすればいいんだ」と、私が作ったケーキをお出しする「きままなスイーツカフェ」を開くことに決めました。

 
カフェは、世田谷区トラストまちづくりがすすめている「地域共生のいえ」に登録をしている。 地域共生のいえとは、オーナーの意思で地域に開放し、営利を目的としないまちづくり活動を行っている私有の建物のことで、現在、世田谷区内に21カ所ある

カフェは、世田谷区トラストまちづくりがすすめている「地域共生のいえ」に登録をしている。
地域共生のいえとは、オーナーの意思で地域に開放し、営利を目的としないまちづくり活動を行っている私有の建物のことで、現在、世田谷区内に21カ所ある

できない理由をたくさん並べても前に進めない

―――「きままなスイーツカフェ」を開くことは即決でしたか?

私、思いついたらすぐ実行なのよ。やりたいことを、やらない理由なんてないじゃない。マイナスなことは一切考えない、能天気な性格なの。だって『〇〇だから無理』とできない理由をたくさん並べても前に進めないじゃない?動きながら考えて、あれ?と思ったらその都度修正しながら前に進む。いつもそんな感じですよ。

「きままなスイーツカフェ」では、季節にあわせたケーキと、お茶を召し上がってもらっています。来た方同士でお話ししたり、英会話のサークルさんが利用してくれたり、近所の子育てママが幼稚園帰りにお子さんと寄ってくれたりと、いろんな方が来てくれています。

―――その後はじめた「ケアラーズカフェKIMAMA」を開くきっかけを教えてください。

「きままなスイーツカフェ」も始めてから10年経つと、お客様の話題が子育てから介護に移ってきたの。私も遠距離介護をしたこともあって、介護の話ができる場も作りたいと調べていたら『ケアラーズカフェ』(ケアラー=介護者)という言葉に出会って。じゃあ、ケアラーズカフェをやろうと、民生委員さんや地域包括センターに相談してはじめました。『ケアラーズカフェ立ち上げ講座』にも通いましたね。ケーキ教室の生徒さんで、「きままなスイーツカフェ」にも来ていた方が、近距離介護をしていた時、「きままなスイーツカフェが唯一自分のための時間で、リフレッシュしてまた介護に向かうことができた」と仰ってくれて。ケアラーズカフェの必要性を強く感じました。

―――「ケアラーズカフェKIMAMA」に通うお客様の反応はいかがですか?

満員御礼の初日、末期がんの旦那さんを3年間介護して看取った方の独壇場になったんですよ。来てくださった方は、みなさんご自分の話をしたい方ばかりのはずなのに、じっと彼女の話を聞いていたの。それでその方は3年間の介護の思いを昇華したみたいで、それっきり来なくなりました。たまにご近所でお見掛けするけどお元気そうで。介護者ってそれだけ一人で悩みや思いを抱えて溜めこんでいるんですよ。そんなこともあって、今は傾聴ボランティアの方に入ってもらっています。傾聴ボランティアの方の話の聴き方を見て、私やスタッフも勉強しています。傾聴はとにかく聞き役に徹すること。その後にも「話したい」オーラのある方が来た時があって、傾聴ボランティアの方がいない日だったけど、スタッフがしっかりその方の話をお聞きしていたら、はじめどんよりしていたお顔がだんだんと血色がよくなって、最後は明るいお顔になったの。それから、何度も通っていただくようになって「この場があってよかった」と言われてね。一人でもそう思ってくれる人がいれば続けていきたいと思っています。

―――2015年から介護施設で「オレンジカフェKIMAMA」を開かれていますね。

「オレンジカフェKIMAMA」は、介護施設にいる認知症の本人とご家族、認知症に関心のある地域の方や専門職も一緒に、お話しをしながらケーキやお茶をいただいたりする場です。昨年はプロカメラマンとメイクアーティストを呼んでファッションショーをしました。認知症の方もプロのメイクで心もお顔も華やいで、楽しい時間が過ごせたと好評でした。

自宅カフェやオレンジカフェをやっている意義を、よくよく考えてみると最終的には『自分のため』なの。自分が老後を迎えた時に、それこそ、カフェの名前にある「気ままに」立ち寄れて話せる場があって欲しい、認知症になっても外に出て、暮らせる地域があればと、今の活動をしているの。そして自分自身の認知症予防のためにもなっているかなと思っています。

 
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歳を重ねた今、人が財産

―――お一人で自宅カフェをされていて悩みも出てくると思いますが、いかがですか?

根が能天気なこともあって、くよくよ悩むことはほとんどなかったんだけど、最近、もうケアラーズカフェを続けていけないと思うほどのショックなことがあって。翌日がケアラーズカフェだったから、気持ちをどうにか立て直してその日を迎えたんです。私、いらしてくれた方の話をずっと聞いていたのね。すると私はほとんど話していないのに、自分の気持ちがゆるんでくるんですよ。不思議なことだけど、人の悩みを聞いて、自分の悩みも溶けていく、ああ、この場所は私にも必要なんだなと感じましたね。

自分で解決が難しい事がある時は、子どもが小さい時から付き合いのある40年来の友人に話しています。彼女は冷静沈着で、石橋を叩いて渡るタイプ。私はもうお分かりの通り(笑)思ったら動いている猪突猛進なので、彼女に相談できることはとても助かっています。もう一人、私の片腕で、PTA時代の年下の友人もいます。彼女は今、介護にどっぷりなので、なかなか会えないけどね。いろんな方に支えられていますね、年をとると “人”が財産ですよ、本当。

―――カフェごとにFacebookを作られて、開催報告をきっちり更新されていますね。パソコンやネットは、得意なんですか?

苦手ですよ。カフェのホームページを作ろうとしたら娘から『今はFacebookだよ』と言われて、設定してもらいました。今は皆さんのタイムラインを読むのが楽しくなっちゃって、またハマっています。カフェの事例紹介を行う時に、パワーポイントを覚えました。その後もパワーポイントで書類を作ることも増えてきましたね。

―――ふと気づいたのですが、岩瀬さんは10年ごとに転機がきていませんか?

あら、本当だわ!30歳の時に会社を辞めて、40代でケーキ教室を、50代で自宅カフェをはじめて、60代になったらケアラーズカフェを開いてと、もうすぐ次の10年がくるわね。実は夢があって、今やっている3つのカフェを、1軒屋の古民家で、ひとつにして「ユニバーサルカフェ」を開きたいと思っているの。どうなるかしら?ワクワクしますね。

 

 
 
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岩瀬はるみ(いわせ・はるみ)さんプロフィール

1948年生まれ。静岡県浜松市出身。外資系の化粧品会社に勤務、退職して専業主婦に。子どもの小学校のPTA活動や、街づくりの活動に参加。40代の時にケーキ教室を始め、10年間続ける。2004年自宅で「きままなスイーツカフェ」、2013年「ケアラーズカフェKIMAMA」をはじめる。2015年より介護施設で認知症カフェ「オレンジカフェKIMAMAを開く。2017年12月から「オレンジカフェKIMAMA」は隣の桜丘区民センター1F談話室内に場所を移す予定。

きままなスイーツカフェFB
https://www.facebook.com/ki.mama.na.sweets.cafe/

ケアラーズカフェKIMAMA FB
https://www.facebook.com/carerscafe.kimama/

 

人生で大切にしている「座右の銘」
「がんばらない」「あきらめない」
(鎌田實医師の本のタイトル。なにごとにも通じることなので)

40歳の自分自身への「メッセージ」
子育てが落ち着いて、人生これからよ。


執筆:渚いろは/写真:原光平