【私たちの見聞録】50代からのセカンドキャリア 家をひらく暮らしの実験室

 暮らすLaboratory しかのいえ (管理人・鹿野青介さん・鹿野華代子さん)

  • BABA lab代表の桑原とライターの渚は、50代に突入した団塊ジュニア世代です。

    まだまだ先と思っていた「シニア期」がぐっと近づきました。“◯歳から”いきなりシニアになるのではなく、気が付いたらシニア行きのトロッコに乗って、緩やかな坂を下り始めたような感覚もあります。

    トロッコに乗り込んだ私たち、どうせ坂を下るのであれば、「みんなで愉快に転がりたい」とも思うのです。

    愉快に生きるためのヒントを得るために、今どきのシニアに会いにでかけたり、シニアが集う場所に伺ったりする、そんなコーナーが始まりました。

    聞きたいこと、知りたいことがたくさんあります!いざ出発

JR埼京線十条駅から住宅街を5分ほど歩いたところに、手書きで「しかのいえ」と書かれた紙が貼られたカラーコーンがひょっこり現れました。その先に目をやると、「暮らすLaboratory しかのいえ」(以下しかのいえ)から、こちらもひょっこりと現れた管理人の鹿野青介さんが出迎えてくれました。

しかのいえは、鹿野青介さんと鹿野華代子さんご夫婦がご自宅を開放してイベントや小さな本屋を開いている場所です。

今回は、東京都北区十条(以下北区)にあるしかのいえについて、お話をお聞きしました。

先を決めず早期退職 ビジコン受賞、そして新型コロナウイルスの到来

鹿野青介さん 

―――「しかのいえ」をはじめたきっかけを教えてください

鹿野青介さん(以下青介さん):いくつかの出来事が重なって、しかのいえは始まりました。そのひとつが私の早期退職です。平成元年(1989年)に新卒入社した、都内の小さな出版社に勤めていました。出版不況で業界が右肩下がりになってきたことや、仕事の生産性を求められることについていけなくなり、悩むことが増えていました。このまま寝る間を惜しんで働き続けるのか、それとも同じ労力で全く別のことを始めるかと、長く悩んだ末、令和元年(2019年)5月に先の事は何も決めずに、30年間勤めた会社を52歳で早期退職しました。

早期退職の2年ほど前に話は戻りますが、母が一人で住んでいた実家をリフォームして、私たち家族が母と同居することが急に決まりました。知り合いの建築家にリフォームを依頼したのですが、私たち家族の引越日までに、リフォームを完成することが最優先で、デザインは全てお任せしました。それが「しかのいえ」です。リフォーム後、はじめて家に足を踏み入れた時に「こんな風になったんだ!」とびっくりしたのを覚えています。リフォームで2階リビングは天井がぐっと高くなり、16帖20名程度が入れるスペースになりました。このスペースで以前よりお付き合いのあったNPO法人読書普及協会の読書会を開いたり、私が長く学んでいるリコーダーのコンサートを開いたりと、家に人が来ることが増えていました。「こういうことを続けていきたい」という気持ちが強くなったことも、退職への一押しになりました。

鹿野さん家族が毎日食卓を囲む2階リビングが、講座やイベント、コンサートスペースになる

―――華代子さんは、青介さんが早期退職することになって、相当驚いたのではないですか?

鹿野華代子さん(以下華代子さん):当時、高齢出産で生まれた子どもが、送り迎えのある幼稚園に通い始めたところでした。

夫から「会社を辞めて、この家で何かをしたい。何をするかはこれから決める」と聞いて、「私がフルタイムで働くの?え?一緒に活動してほしい?えー???」という状態になりました。

実は退職する3年位前から、ぽつりぽつりと会社を辞めたいという話を聞いていました。いつか早期退職の話がでると構えていましたが、いざそうなるとやっぱり驚きましたね。

鹿野華代子さん

青介さん:しかのいえをはじめた話をすると冷や汗が出ます。私の漠然とした話を聞いた妻は、北区主催の無料起業セミナーを見つけ「何にも知らないんだから勉強しよう」と、一緒に参加することになりました。

起業セミナーに行ってよかったのは、やりたいことを事業計画書の形にできたことと、自分で何かを始めたい方たちと出会えたことです。

セミナー講師のすすめもあって、2020年2月開催の第2回北区ビジネスプランコンテストに出場することになりました。「50代からの新キャリア創りを地域で応援!」を発表し、ファイナリスト賞を受賞しました。

賞をいただき、これからしかのいえを本格的に始めようと思った時、新型コロナウイルス感染症対策の緊急事態宣言が出て、外出自粛が始まりました。これはまいったと正直思いました。

コロナ渦のオンラインおしゃべり交流会 リアルで行ける、会える、話せる場所の価値

―――コロナ渦はどのように過ごしていたんですか?

青介さん:この状況では、しかのいえにお客様は来ていただけない。まずは、オンラインでできることを始めようと、2020年4月から、ゆるいおしゃべり交流会「ズームインしかのいえ」をZOOMで週1回開催しました。初めてZOOMを使うことになり、「ZOOMってどう読むんだ?」「ミュートが外せない」レベルからのスタートでしたが、会を開きながら、知り合いや家族、参加者に使い方を教えてもらいました。参加者も、操作にあたふたしている私に教えることも楽しんでいたようです。人と話す機会がめっきりと減っていた時期に「ズームインしかのいえ」で、家族以外の人とたわいのないおしゃべりができるのは、自分も参加者も息抜きできるいい時間でした。

華代子さん:あの頃、スポーツジムやプールが休館になっていました。知り合いの希望で、しかのいえで少人数限定のストレッチ講座を数回開催しました。参加者から「オンラインでストレッチを教えて欲しい」とリクエストがあり、ZOOMを使ったレッスンを始めました。みなさん、外に出られず、運動できずで、ストレスをたくさん抱えていましたね。

青介さんが30秒悩んで!選書した本が集う「しかのいえ本の茶屋」。「御書印プロジェクト」に参加中

―――リアルな活動ができるようになってからのことを教えてください

青介さん:2020年7月に1F玄関横にある部屋を「しかのいえ本の茶屋」と名付けて、小さな本屋と茶屋を始めました。これは「妄想会議」に集まった方と話して生まれたものです。

私が新しいことを考える時は、Facebookにイベントをたてて、いろんな方から意見を募ります。この時は「しかのいえ妄想会議をやります」とイベントをたてて、集まった方とアイデアを出し合って、「しかのいえ本の茶屋」がスタートしました。

最初は週5日開いていましたが、今は金~日曜日の週3回、13時~16時まで開いています。来た方に私がお茶を入れて、おしゃべりしたり、本をおすすめしたりと気軽に立ち寄れる場です。茶屋を始めてから、近所の人がふらりと来て、世間話に花が咲く、とても豊かな時間を味わっています。

―――しかのいえのイベントは、「リコーダー教室」、「ストレッチ教室」、「色えんぴつ教室」、「本の出版相談」、「小説作法ゼミ」など、とても興味深いものが多いです。イベントの企画や講師依頼はどうされているんですか?

青介さん:私と妻が主体になっている講座もありますが、面白いものでイベントや講座に来てくれた方が、講師になるパターンがとても多いです。

講座に参加してくれた方と話している中で、その方が得意なこと、 好きなことが分かった時に「しかのいえで講座やってみませんか?」とお誘いしています。

ある方は、飲み屋さん巡りが大好きで、食べるのも作るのも好き。いつか自分で飲食店をやりたいという話を聞いたので、「おつまみ料理の教室」を開いてみては?とお願いしました。その講座は、毎回満員御礼の人気講座になっています。

しかのいえ縁がわ大学には学生証があり、講座に参加するとスタンプが押される。一定の数になると特典が!

いろんなイベントや講座を開いてみて「学びのコンテンツ」が喜んでもらえると手ごたえを感じました。そこで、しかのいえの中に目に見えない校舎を建てて「学校」を作ってしまおう!とアイデアが浮かんで、一生通いたくなる学校「しかのいえ縁がわ大学」を始めました。これも「名前から考える会議」を立ち上げて参加者を募り、ミーティングを何度か行いました。参加者がミーティング内容をグラフィックレコーディングにまとめて、大学のマスコットキャラクターの「鹿野 学(しかの・まなぶ)くん」も作ってくれました。FacebookやSNSで大学の講師を募集したところ、すぐに集まり、「大人のベーゴマ教室」、「中井久夫の名作論文を読む会」、「本物の山伏が修験道を語る会」、「出版社役員が出版企画を通りやすくするコツ講座」など、さまざまなジャンルの講座を開くことができました。

しかのいえ縁がわ大学のアイデアがつまったグラフィックレコーディング(サイトより提供)

取材時に、しかのいえ縁がわ大学の「やりたいことを実現するための『お金』計画 作成講座」が行われました。

しかのいえでの講座受講をきっかけに、初めて講座を開いた渡邊惠莉さん(ひとまちラボ代表・FP2級・写真右)「講座を開くまでに青介さんに何度も相談して、講座タイトルの添削をしてもらいました。無事開催できてホッとしてます」

―――青介さんの出版社勤務の経験が、講座やイベント企画に活きているように感じます。

青介さん:前職では約10年間、単行本の出版企画プロデュースを担当していました。本を1冊世に出すには、作品を誰に届けたいか、何を1番最初に押し出していくか、どういうキャンペーンを打つかなどの一連の流れを考えます。今は企画対象が「本」から「講座・イベント」になりましたが、共通点も多く、特に講座・イベントのタイトル、キャッチコピー、写真は意識して作っています。元々人の話を聞いて、その人の持っているものを引き出してまとめることが好きです。出会った方の得意なことや好きなことを広める最初の一歩が、しかのいえの講座なのは本当にうれしいです。

ビジネスプランコンテストの繋がりから、ミドル・シニアを応援する側へ

―――北区の起業アドバイザーを務めたり、定年退職後の方やミドル・シニアの起業支援グループに参加されていると伺っていますが、どのようなことをされているのでしょうか?

青介さん:北区コミュニティビジネス創業ネットワークの起業アドバイザーを務めています。他のアドバイザーはNPOや株式会社の方ですが、私たちは個人事業主で、団体名もひらがな。通称「敷居の低い起業担当」です(笑)。そこでお会いした方がしかのいえを訪れることも増えてきました。

北区ビジネスプランコンテストにエントリーしたご縁で、定年退職前に独立した仲間と「仕事の放課後サークル」を立ち上げて、定年退職後やミドル・シニアの働き方を話し合う会を10回ほど開催しました。2025年9月から北区のサポートを受けて、JR赤羽駅前にできた「赤羽イノベーションサイト」でミドル・シニアからの起業「ワイガヤ勉強会」としてイベント開催を行っています(不定期)。

仕事の放課後サークルやワイガヤ勉強会は男性参加が多く、「男性同士で雑談できるレアな会」です。男性同士は仕事の話はしても、雑談はほとんどしないんですよ。特に定年退職後の話題を、社内で話し合うことは皆無です。会ではみんな思いの丈を存分に話されて、「定年退職後に何をしようか?」「今から好きなことをたくさんしたい」とおじさんたちが笑顔で盛り上がっています。

しかのいえ縁がわ大学の学長を務める、学帽を被った青介さん。 授業の始まりに学校のチャイムを鳴らす係

―――しかのいえは今年(2025年)5周年を迎えました。これからやりたいことなど教えてください

青介さん:しかのいえ縁がわ大学講座のひとつに、「中井久夫の名作論文を読む」があります。精神科医の中井久夫先生の論文や著書をテーマに話し合う講座で、毎回部屋いっぱいの満席、遠方から来られる方もいる人気の講座です。興味があること、学びたいことがある場所に人は集います。これからアットホームな空間を求める方向けの講座を開催したいです。あとはぜひ海外の方にしかのいえに来て欲しいです。

―――最後に、青介さんが思う「長生きが悪くないと思える社会」はどんな社会でしょうか?

青介さん:もうすぐ60歳になりますが、「スピードをあげる」、「物を増やしていく」に価値を置いた「ものさし」ではなく、「自分のものさしをつくる」ことが、自分の課題です。

自分のものさしは、まだぼんやりとした形です。しかのいえを続けながら自分のペースで作っていけたらと思っています。

加齢でできないことが増えてきますが、「人が成熟すること」を大事にする社会になって欲しいです。お年寄りの知恵を語り継いだり、年配者に気軽に相談ができる社会だったら、私は長生きしたいですね。

ライター 渚いろは


暮らすLaboratory しかのいえを訪れて

BABA lab代表 桑原静
いくつか「住み開き」スタイルの場所を見学しましたが、共通しているのは、街の人や地域に対してオーナーが真摯であるということです。「しかのいえ」でも、ご夫婦の生き方や暮らし方、考え方が伝わりやすい状況のなかで、そこに集まるみなさんが”心地良い”と感じるのは、やはりお二人の実直さゆえなのかなと実感しました。今回、私は3回目の訪問ですが、どうしてもライターのいろはさんにこの雰囲気を味わってもらいたく取材を申し込みました。

ライター 渚いろは
青介さんが2Fリビングにあるロフトのはしごを指さして「はしごが垂直に設置されていて、実はとても登りにくくて、下りづらいんですよ。設計図をじっくり見ることなく、お任せでリフォームしたので、あれっ?て思うことが他も結構あって……」と話しながらも、なんだかとても楽しそうでした。いろんなことがあるけれども、物事をまっすぐ捉えて明るい方へ向かう―青介さんと華代子さんからこんなメッセージをもらったように感じています。渚的には受けたい講座がたんまりとあって、しかのいえ再訪は確実です(笑)。


暮らすLaboratory しかのいえ

https://shikanoie.com/
※営業時間やアクセス、講座・イベント情報はホームページで確認

しかのいえ本の茶屋 https://shikanoie.com/blog/posts/861
しかのいえ縁がわ大学 https://shikanoie.com/blog/posts/4522
しごとの放課後サークル https://www.facebook.com/shigotonohoukago/

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【私たちの見聞録】高校生・大学生とシニア 学校での交流プログラム実施レポート